【山 名】御嶽山(剣ケ峰3067m)・摩利支天山(2959m)・継子岳(2859m) 【日 付】1998/09/12〜13 【天 候】12日午前一時曇り後晴れ、午後曇り、夜晴れ 13日午前午後とも快晴 【ルート】12日:田の原から王滝口登山道−九合目−王滝奥の院近道 −奥の院−王滝頂上−剣ケ峰−覚明堂小屋 13日:覚明堂小屋−二ノ池−サイノ河原−摩利支天山 −飛騨頂上−継子岳−三ノ池−サイノ河原−二ノ池 −飛騨頂上−田の原 【地 図】昭文社 山と高原地図40「御嶽山」 |
11日の午後10時に自宅を出た。 名神高速にのり、途中恵那SAで3時間ほど仮眠。 12日午前5時30分に田の原駐車場に到着。 ここに来るまで道路沿いに霊人碑が無数に点在していた。 かつての一合目登山口からの講登山の盛況ぶりを物語っている。 尾張の人覚明行者が開いた黒沢口は濃尾地方の銘が刻まれた物が多く、 江戸の人、普寛行者が開いた王滝口側は関東の人が多いという。 御嶽教では信者の死後霊が山に還るとしてその徳を讃え、各講社が競って墓標を 建ててきたらしい。私の母方の祖母も何度も夜を徹して登ったと聞く。 田の原は、七合目に当たる。前にはでんと構えた御嶽山。すごい。 南側斜面の大崩壊(昭和59年9月14日M6.8長野西部地震)は痛々しい。 午前6時5分 準備体操とおにぎり2個を食べて、登山開始。 気温15.5度と快適。天候晴れ。 最初はどこかの神社への道を思わすような広い整備された砂利道。 |
左右には木道の遊歩道もある。まっすぐ登山道へ。 しばらくすると四角い木の階段。いよいよ登り。すごく整備されてるなぁ。 まだ早いのか、前には5名ほど、後ろには3名ほどのグループ。静か。 まだ体が起ききっていないのかすぐ息が切れる。荷物も重い。食料や水が 少し多すぎたか・・・。まあ、ボッカ訓練にもなるし頑張ろう。 午前6時57分 金剛童子のところで一休み。あと1814mと石柱に書いてある。 景色もよく見える程度の薄曇りで日差しが強くなく快適だ。 登山道からは常に田の原が一望できる。まだまだだ。 八合避難石室はしっかりしている。中も悪くない。 石柱にはあと1546mと書いてある。大分暑くなってきた。 でも長袖シャツを脱ぐほどではない。風は冷たくて気持ちいい。 午前7時44分 富士見石の所に到着。富士山のてっぺんが少し見えるだけ。台形でデカイ。 富士山には去年長男と登ったなぁ。 石柱にはあと1337mとある。ちょっとペースが落ちてきた。 午前7時54分 九合の石柱。変だなぁ。その前に一口水があるはずなのに。 気温は12.5度。涼しくてばてない。のども渇かない。 午前8時5分 一口水に到着。湧き水でもあるのかと思っていたらちょっとした広場。 午前8時20分 奥の院近道分岐。九合目避難石室。さっきの九合の石柱とどちらが九合か。 地図ではこちらが九合だけど・・・。ここの石室もしっかりしている。 気温は14.7度。快適快適。穂高や槍が綺麗に見える。 これだけ沢山の人が登っているのに、「奥の院近道」を行く人は皆無。 予定通り、この近道を行くことにする。地図上では点線になっているが、 なんのなんの、整備された歩きやすい道ではないか。何故点線なのだろう。 気分が悪くなってきたので、少し入り込んでキジウチ。すっきり。 途中でパラパラっと雨が10秒ほど。一人歩きにはドキッとする瞬間。 すぐにやんでくれてホッとした。 午前9時00分 奥の院(2940m)に到着。 手前には神普明教会の像が3体ある。その横の石柱の道しるべは根本からおれて いる。ゴーッというすごい噴煙口の音。吹き出し口がここからはまともに見える。 それにしてもすごい音。剣ケ峰頂上もよく見える。 |
地獄谷の様子もよく見える。のぞき込むとちょっと怖い。吸い込まれそう。 月の門から日の門へ行く道を間違えた様だ。踏み跡もあったので地獄谷側を歩い たが、崖ですごく危なかった。滑り台のような1枚岩もありとても危険だった。 午前9時10分 日の門へ着いてから逆の東側斜面を見ると道があった。なんてこった。 日の門の穴から剣ケ峰頂上を入れた写真を撮った。 |
午前9時20分 王滝頂上(2936m)。 立派な神社がある。ここが頂上と思い下山していく人も多いとか。 |
ゆっくりおにぎりを食べて25分間の休憩タイム。あと一息で頂上か。 |
この調子じゃあと1時間でガスが昇ってきて見えなく なるだろう。なんて運がいいのだろうか。記念写真、記念写真。 一ノ池、二ノ池も綺麗に見える。二ノ池のなんて美しいことか。 コバルトブルーの水で素晴らしく美しい。山の中の宝石のよう。 |
トライアスロンの練習の2人が走ってあがってきた。田の原から1時間15分で 駆け上がってきたという。30秒ほどでまた走って下りていった。すごい。 10時30分に囲炉裏の役行者さんが登ってきた。後ろから肩をポンとたたいた。 「やっぱり会えましたね。3時に田の原について仮眠していて、6時過ぎに登り 始めた。一口水でもいねむってしまいましたよ」とのこと。今日、もう下りるらしい。 ザックは軽そうでうらやましい。私は覚明堂へそろそろ向かう。 午前10時50分 覚明堂に到着。「ああ、早かったね。三ノ池や継子に行って来たら」とお兄さん。 「明日、全部回りますので」「その方がいいかも。明日は今日以上のいい天気だ から最高だよ」とお茶とお菓子を出してくれた。税込み2食付き8400円。 「旭館は団体がよくはいるのでいっぱいになる。ゆっくりしなさい」と主人。 「この火鉢は寒いからですか」「信者さんの杖に焼き印するためのもの。でも 5日前は氷が張りましたよ」「今日はゆっくり本でも読ませてもらいます」 「3時からはお風呂も自由に入ってくれて良いからね」と。感激!! 玄関横の間でゴロゴロしながら読書。高杉良の「金融腐蝕列島」を上下巻2冊 持参してきた。うとうとしたりこんなに贅沢な小屋利用は初めて。 午後2時ごろに1度軽い地震。ドキッとした。ゆれはそれきり。ホッ。 2時以降、休憩のお客がぽつりぽつり来だす。小屋番と間違えて100%私に 話しかけてくる。似合ってるのかなぁ。 泊まりの人も到着しだした。ガスがすごい。それなのにみんな荷物を置いて 頂上を目指す人、二ノ池を目指す人など色々。景色はもう見えないけど・・・。 「今日は込み合います。協力して下さい」と来る人来る人にお兄さんが呼びかけ。 3時が過ぎ、寒くなってきてフリースを着る。本も上巻1冊読み切った。 ボッカの兄さんも到着。夕食準備。5時半といいながら5時45分から。 一人一人に膳が置かれる。ごはんやみそ汁を入れるのにギャル達が活躍。 食事後はガスも晴れ、満天の星空。それを見るのに出ていく人も多かった。 これだけのんびりしたら体力も充分なので、明日は全部回って、下山しようと 計画変更し、早立ちのために朝食をおにぎりにしてもらうことにした。 「1枚の敷き布団に2人」といいながら、ここの布団はセミダブル並み。 全然窮屈じゃないし、それほど混んでいない。 隣のおじさんが「鼾かいたらこついてください」と反対側の人は頭痛で 食事もろくにとらなかった。9時消灯なのに8時半にみんな寝た。 運良く、広い布団に1人で寝られた。これは値打ちある小屋泊まり!! |
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第2日目
お風呂もあって快適ですよ |
13日・午前2時半までぐっすり寝た。 午前4時半、うっすらと明るくなってきた。日の出は5時半。 この小屋の窓からも御来光は見える。5時に小屋を出た。二ノ池方面に登り はじめ、5時20分から御来光方向にデンとすわり、おにぎり1つ食べた。 お茶も0.7L程残っているし、重いので水2Lの内、1Lを捨てた。 |
穂高方面 | 中央が富士山 |
穂高や、富士方向の写真を撮った。雲海もきれいだ。 午前5時40分 二ノ池へ下る。 人が立っていると思ったのは池の畔の霊人像に赤い布がかけてあった。 朝日に映えて山肌が美しい。ここの水を浄化して覚明堂は利用しているとか。 |
午前5時50分 サイノ河原。ケルンが立ち並ぶ。なんとなく墓場のような雰囲気・・・・。 大阪市大のワンゲルの遭難碑(72年11月)もあった。 午前6時05分 白滝避難小屋。一人そこに眠っていた。中は床もボロボロで周りはゴミだらけ。 |
白滝避難小屋前の祠 |
午前6時20分 分岐着。三ノ池もよく見える。摩支利天山へと左(西)へ向かう。 左が切れ落ちた細い道。岩も出ていて頭を打ちそう。 午前6時45分 摩支利天山(2959m)頂上。切り立った頂上でポールが1本差し込んである。 |
西北に白山が綺麗に見える。景色を楽しみながらおにぎり1つ。 大学生が1人やってきた「昨日は継子でテント泊しました。分岐に荷物は 置いてきました。継子も怪しい道でしたよ。でも御嶽がこれだけおもしろい 山とは知らなかった。ここも最高の眺めですね」と。三脚も立てられないので シャッターをお願いした。 分岐への帰路で、足もとに気をとられていて、来るときには気を付けた出っ張 っている岩に、左肩を思いっきりぶつけてその痛さにうずくまった。ウウゥ・。 午前7時10分 分岐に戻る。継子岳に向かう。 |
ホント涼しくて気持ちいい | ウヘ−ッ、先は長い・・ |
飛騨頂上の五ノ池小屋を通過。来年建て替えとか。今日の宿泊キャンセル。 大岩でできた避難場所があった。イワギキョウもよく咲いている。 |
主婦が一人弁当食べつつ携帯で友人に大きな声で電話していた。 岩を敷き詰めた道。北穂高のよう。少し途中道が分かりにくいが戻れた。 午前8時10分。 継子岳頂上(2859m)。原爆ドームのミニ版の中に祠がある。横には歌碑も。 |
眺め最高。昨日の剣ケ峰から見るより、北の乗鞍岳を手前に野口五郎岳、奥穂、 前穂、常念岳、蝶ケ岳などのパノラマが素晴らしい。来て良かった。 カメラを持った男性1人来た。白山方面を撮っておられた。 |
逆方向から夫婦も1組。あまりの美しさに「ウワァ」と発声。 東にある祠の横の道を左に行く。おかしい・・・。怖い。崖の滑り台状態。 絶対別の道があるに違いない。やめた。はい上がった。 午前8時45分 へとへとになり、もとの位置までもどり、コースを探す。 右へのルートあり。うってかわっていい下り道。岩で見えなかったのだ。 息子に「人間の心理で、分かれ道があるとたいてい左を選ぶ」と言われたこと がある。奥の院から王滝頂上の時も、この道も左で失敗・・・・。 |
午前9時09分 四ノ池からのせせらぎで休憩。綺麗な水で顔を洗う。空身の5人組も来た。 うまそうに水を飲んでいた。今日は濁河へ行くとか。 午前9時27分 四ノ池の上に着く。三ノ池避難小屋に向かい下りていく。ここの水は飲める と覚明堂の兄さんが言っていた。日が昇るとこの水もすごくブルーが美しい。 |
綺麗なブルー | 池のほとりから登り左へ・・・ |
白滝避難小屋への登り開始。暑くてきつい。長袖シャツを脱いでTシャツに。 お茶も飲み干して、水1Lを水筒に移した。 最後の登りの分岐で右へ。間違い。これは朝通った摩支利天への登り道。 今度は左が正しかったのだ。くそっ。いったん下って、左へ引き返す。 午前10時35分 白滝避難小屋。暑い、暑い。サイノ河原に下ってまた登り二ノ池小屋へ向かう。 小屋へあと10分ほどのところで弁当の残りを食べて休憩。暑さでバテバテ。 午前11時15分 二ノ池では昼食をとる人が15人位いた。 午前11時36分 二ノ池の上の案内板のところ。ここからトラバースして王滝頂上へ向かう。 平坦な楽な道。 午前11時54分 王滝頂上到着。白装束の信者さん達が多くいた。帰りたいと泣きわめく子供も 3人ほど。囲炉裏の玄米さん4人組を待ったが、奥の院か頂上への道にもう行 ったのか会えなかった。トラバースせずに来れば良かったと後悔。 ひょっとして下山中にも会えればと思ったがそれも無理だった。 こんな時間に登ってくる人の多いこと。暑さでバテバテの様子。子供はいたると ころで泣いていた。それに比べるとウチの息子達は強いものだとあらためて感心。 午後1時30分 駐車場の車の所へ到着。エネルゲンとコーラを一気に2本飲んだ。 社務所で息子へのお守りを買って帰路へ。 片道354km、行きは4時間30分だったが、帰りはトンネル工事や高速の事 故での渋滞などで7時間かかった。1日短縮した分、ゆっくりできる。 いい天気で本当に良かった。 ★ 矢問(YATOH)★ |